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武蔵丘同窓会
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手塚記念賞

 母校創立60周年記念事業実施にあたり、日本一賞と並び、「自分の個性を発揮し、それぞれの分野における秀でた存在や業績を広く認められる方」を表彰する「手塚記念賞」を創設しました。受賞者は以下のとおりです(敬称略)。
(プロフィールは受賞当時)

●2000(平成12)年

土屋 泰助  中学1回生
昭和21年、食糧難の日本、その対応のために「緊急開拓」に応募し、それ以来、猫の目の様に変わる農政の中で、50年間専業農家として農業一筋に打ち込まれた。


野々山 忠致  高校4回生
高校時代ユネスコ活動をし、大学卒業後、外交官として各所を歴任し、湾岸戦争時にはヨルダン大使を勤める等、国際平和に貢献された。日米外交国際平和に貢献した実績でマイク・マンスフィールド賞受賞。


岡村 昌夫 高校4回生
母校のほか都立高校教員を歴任し、その間に日本の折り紙に興味を持ち、その普及に努められた。「新撰人物 折紙手本忠臣蔵十一段」すべてを折り紙で作り上げたり、日本の折り紙の歴史研究の第一人者である。


玉利 斉 高校4回生
高校時代より器械体操を行い、昭和30年、自らボディビル連盟を設立、昭和50年には現財団法人、日本健康スポーツ連盟をつくり国民体力向上に努める等、スポーツ一筋に活躍されてきた。


菊田 守 高校6回生
大学在学中から現代詩を書き始め、会社在職中も詩を書き続け、特に小さな生き物について、その生命の貴さ、切なさを詩の言葉で見つめ続けてこられた。「妙正寺」「かなかな」等、多くの詩集がある。平成6年、豊橋市の第1回丸山賞受賞。

●2001(平成13)年

渡辺 融  高校1回生
昭和21年秋、第1回国民体育大会中等学校軟式部門の選手として、母校武蔵中学(現武蔵丘高校)が日本一の栄冠を手にする一翼を担い、以後ボールに興味をもった。東京大学野球部の監督もつとめた。スポーツ史を専門とし、特に中国・日本の蹴鞠の研究に精励し、この分野の第一人者である。


丸木 眞二  高校3回生
大学卒業後、製缶会社に入社。以後、製罐業務一筋に精励され、多年にわたり関係団体の要職にあって斯業の発展に尽力された。この点を高く評価され、平成3年秋、他の模範となるべき者に与えられる黄綬褒章を受賞した。


山本 克夫  高校3回生
本名、山本孝二。新聞記者を経て、「川柳新聞」主幹、日本ビジネス川柳倶楽部顧問を務めた。新聞・雑誌や企業公募の選者を多くつとめるとともに、著書も「楽しく始める川柳」ほか多数を著した。地域の生涯学習の講師等としても多くの人々を教え、川柳界の指導的地位となった。

●2002(平成14)年

矢島 英雄  高校3回生
40年間の長きに亘りユスリカ(釣り餌に使うアカムシ)の研究を続けた世界的創造者。研究の成果は1995年ノーベル生理・病理学賞を受けられた三人のうちのヌスライン・フォルハルト女史にヒントを与えたことは、斯界で世界的に認められた業績となっている。


浅野 伍朗  高校6回生
医学教育に大きな貢献をされている。海外でも米国シンシナティ大学病理学・薬理学客員教授および中国西安医科大学名誉教授にも携わり、国内では日本医科大学学会会長・日本病理学会・日本癌学会・日本ハンセン病学会など多数の学会の評議員を兼ねている。


別所 俊彦  高校11回生
全国発明表彰恩賜賞を平成9年に受賞。「球体シールド」の発明により受賞した。大深度地下にトンネルを掘削するシールド工法の欠点を克服したのが球体シールドで、水平直角あるいは垂直と水平へ直角に曲がるトンネルの掘削が可能となった。

●2003(平成15)年

すぎやま こういち  高校3回生
本名、椙山浩一。作曲家。「大人の漫画」「ザ・ヒットパレード」などのヒット番組の演出、「亜麻色の髪の乙女」「花の首飾り」などのヒット曲で一時代を築く。昭和61年からは「ドラゴンクエスト」の音楽作りにも注力、クラシック音楽の素養に裏付けされた荘重な音楽はファンに浸透している。


南迫 哲也  高校5回生
建築設計の実務で多数の作品を残されている。世界的な建築家であったフランク・ロイド・ライト(旧帝国ホテルの設計者)の研究者として一家を成されている。日本の文化遺産を後世に伝えて行く貴重な情熱と指導力は同氏の努力によるものである。

●2004(平成16)年

手島 栄三郎  中学1回生
外科および内科医として地域の医療に携わる傍ら、千葉県警の監察医を兼ね、県内トップ級の警察医として年間200件以上(総計約3,000件)の検視を行い犯罪捜査に活躍される。2003年、警察協力賞を警察庁長官から授与された。


鶴島 啄夫  高校8回生
2004年4月、世界に冠たる(株)東京証券取引所の社長に就任。本取引所は、株式会社化される以前は歴代大蔵事務次官のポストであったが、天下りを廃し、プロパーとして初代社長に登用される。世界の主要な55の証券取引所で構成するWFE(国際取引所連合)の議長にも選出された。


田代 恭崇  高校45回生
平成16年アテネオリンピックの自転車個人ロードレース日本代表選手。平成10年秩父宮杯、平成12年ツールド東北、平成13年全日本選手権、平成14年ツールド北海道等の各ロードレースで優勝。さらに、平成14年フランスでのアマチュア最高カテゴリーグランプリのエスペランサで優勝、世界を制覇した。

●2005(平成17)年

宮沢 一人  高校23回生
2004年10月、管絃楽曲『主題のない7つの変奏曲』で第73回「日本音楽コンクール」作曲部門第1位受賞。同コンクールは、才能豊かな新進音楽家の登竜門として国最高の水準と伝統を誇る。満51歳での第1位は同コンクール史上初の快挙である。


中野 正貴  高校26回生
写真家。平成13年、写真集「TOKYO・NOBODY」で日本写真協会新人賞を受賞。その後、オフィスビルやマンションなどの窓から見える東京の風景を撮影した「東京窓景」を出版し、写真界の「芥川賞」とも形容される第30回木村伊兵衛写真賞を受賞。

●2006(平成18)年

遅塚 研一  高校9回生
日本オリンピック協会の常任理事として、冬のスポーツでリーダーを務めている。1997年ユニバーシアード冬季大会、2003年青森県のアジア大会、2006年イタリア・トリノ冬季オリンピックと、三大会の日本選手団長として大選手団をまとめ、日本に多くのメダルをもたらした。

●2008(平成20)年

三田村 有純  高校20回生
江戸蒔絵の第一人者。東京藝術大学美術学部教授。(社)日展評議員、文化庁所管日本文化財漆協会常任理事。日展15回連続入選。国内外で、「文化論」や「漆」についての講演会を行うとともに、個展も多く開催して「漆芸術」の啓蒙に努めている。

●2010(平成22)年

さくま あきら  高校23回生
本名、佐久間晃。作家、ゲームライター、漫画評論家。「ジャンプ放送局」の構成や「桃太郎伝説」「桃太郎電鉄」シリーズの生みの親。その作品は20年以上にもおよび、現在は「桃太郎電鉄」シリーズを中心としたゲーム作りに勤しむ。


湯山 邦彦  高校23回生
日本を代表するアニメーション演出家およびアニメーション監督。「銀河鉄道999」が演出家としてのデビュー作。著名な監督作品に「魔法のプリンセス ミンキーモモ」「ポケモンシリーズ」「愛天使伝説ウェディングピーチ」などがある。

●2014(平成26)年

福田 アジオ  高校11回生
新しい民俗学構築の潮流の中で、今まで分離していた調査と研究を統一し、それぞれの調査の過程で分析を加え、一般理論化して提出することを提唱され「20世紀民俗学構築」の最終段階で、大きな役割を果たされた。柳田國男研究の第一人者である。


河内 敦郎  中学2回生
繊維産業エコノミストとして、繊維関係の調査研究、提言に従事された。著書の「繊維産業」は繊維産業の一つの指針となった。また朝日新聞夕刊商況面の「経済気象台」に経済のエキスパートとしてコラムを執筆し、複雑な経済事象を平明に評論された。

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同窓会功労賞

 母校創立60周年記念事業実施にあたり、「同窓会の維持・発展に多大な貢献をされた方」を表彰する「同窓会功労賞」を創設しました。受賞者は以下のとおりです(敬称略)。
(プロフィールは受賞当時)

●2000(平成12)年

岡村 昌夫 昭和38年から昭和59年まで母校国語教諭、高校4回生
同窓会顧問及び事務局担当として、昭和53年頃よりの同窓会活動低迷期によく本会を支え、同窓会の存続と活動活性化のため尽力された。


山本 收太郎 昭和51年から昭和62年まで母校保健体育教諭、高校24回生
同窓会顧問及び事務局担当として、岡村先生の後を継ぎ活動低迷期に新聞発行、同窓会名簿の作成を行い、同窓会活動活性化のため尽力された。


大木 紀史 高校13回生
同窓会会長(昭和49年から昭和58年まで)ならびに会長代行(昭和59年)として同窓会活動が衰退した苦難の時期に、岡村、山本先生と連携をとりつつ、会の存続と活性化に尽力し、創立45周年記念事業以降の同窓会再建、発展への支えとなった。


尾本 四郎 昭和58年から平成5年まで母校事務長
母校事務長として創立45周年並びに50周年事業にたずさわり、母校と同窓会との橋渡し役として活躍されると共に、同窓会顧問として会の組織づくり、専任事務局構築等に多大な貢献をされた。

●2001(平成13)年

山谷(小野)ゆり子 高校28回生
同窓会の運営の苦しい時期(昭和58年~62年)に事務局を担当し難局を乗り切り、今日の同窓会の存続を可能にする貢献をされた。

●2002(平成14)年

中西 進 中学2回生
昭和60年から62年まで同窓会会長を務められた。在任中、武蔵丘創立45周年にあたり、その記念事業(昭和60年11月2日)を成功裡に学校側と協力、主催した。それを機に、それまでの同窓会活動を一新、大いなるリーダーシップを発揮された。


目賀田 嘉夫 元学校長
昭和57年から62年まで校長を務められ、武蔵丘創立45周年記念事業を校舎増改築完成記念と合わせ、同窓会と協調し、協賛金の募集・記念事業・記念誌発行等々成功への導きで現在の同窓会活動、活性化の道を拓かれた。


吉田 暁 高校3回生
昭和62年から平成2年まで、同窓会会長を務められた。在任中、武蔵丘創立50周年にあたり、その記念事業を成功裡に主催された。さらに会長在任の前後に亘り、会計監事等の役員を務められた。


河田 俊之 中学1回生
平成3年から13年まで、同窓会会長を務められた。在任中、武蔵丘創立60周年にあたり、その記念事業を成功裡に主催された。また同窓会財政基盤充実に向けて年会費納入方式の導入、同窓会総会・懇親会・講演会の盛会発展にリーダーシップを発揮された。

●2004(平成16)年

安部 幸明 元母校音楽講師
作曲家。東京音楽学校(現東京芸大)本科卒。1935年より書き続けた弦楽四重奏曲は15曲にのぼる。
武蔵丘高等学校の旧校歌、現校歌の作曲者である。どちらの校歌も同窓生に親しく歌い継がれ、同窓会の求心力となっている。

●2006(平成18)年

佐野 常道 高校3回生
平成7年までの8年間、常任幹事として、武蔵丘創立45周年・50周年の記念事業に関わると共に厳冬期にあった同窓会を組織再編、財政基盤の形成に尽力された。平成13年から4年間は会長を務められ、同窓会の発展興隆に寄与された。


太原 一郎 高校4回生
平成12年の武蔵丘創立60周年記念事業に際し、学校に積極的に働きかけ、企画・案出を行い、学校と同窓会のパイプ役を果たされた。それを契機に同窓会自体の中興を図る幹部の一員として、同窓会の活性化に貢献される。また10年間、副会長として同窓会をサポートされた。

●2010(平成22)年

藤本 義男 中学1回生
毎回の幹事会で、同窓会の発展を願う建設的な発言をされ、今日の同窓会の礎を築かれる。母校のシンボルであるクヌギ林維持の提言を継続して続けられ、70周年記念事業の柱の一つである「クヌギ林の整備」は、母校愛に対する熱意の成果である。

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